明治5年12月3日に日本は新しい暦にかわりました。
明治5年12月2日(1872年12月31日)を大晦日とし、翌日が明治6年1月1日(1873年1月1日)となり、その時から新しい暦が使われています。
それまで使われていた太陰太陽暦から太陽暦(グレゴリオ暦)に変わりました。
改暦の理由は、当時、明治政府は、欧米の風習に合わせて近代化を図ろうとしていたことにあわせ、
財政難に陥っていたため役人の給料を一ヶ月払わなくてすむということから太陽暦が採用されたといわれています。
改暦は、かなり強引だったようで、当時の人々の混迷ぶりが当時の新聞に残されています。
「世の中の絶無の例とされていた晦日に月が出るようになった」
「十五日に仲秋の月もなく、三十日(みそか)に月の出る代と変わりけり」
また、農家も大変だったようです。
従来の慣習が変わり種まきから収穫までの見当がつかなくなりました。
太陰太陽暦は、月の満ち欠けをもとに、季節をあらわす太陽の動きを加味して作られたものです。
現代では旧暦と呼ばれています。
旧暦は季節の行事で、いまでも利用されていますね。
月の満ち欠けを中心にしたほうが、体のリズムがしっくりくるという人もいます。
古代から人々は、農作業や祭りの準備など、生活の様々な場面で暦を活用してきました。
農業が主だったころは、天体の動きで農作業の時期が決まりました。
現代より昔のほうが宇宙を感じ、視野が広くなる生活だったのかもしれないです。
暦の歴史、調べてみたくなりました。
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